マンダラエンディングノート

一度きりのあなたの大切な人生
どうすれば悔いなく充実できるのだろう?
そう思ったことはありませんか?

私自身、ずっとそう考えてました

そして2018年
脳腫瘍の告知をきっかけに
あることが鮮明に分かりました

悔いなく生きていきたい
生き方を整理したい
そんなあなたの悩みをふわっと解決します

この世を卒業する時、後に残る大切な方々のために

1 生きてる間に素直な想いを書き残しておきたい人
2 実務的な事の希望を伝えておきたい人
3 前向きに生きて行こうと思ってる人
4 毎年書き直すタイプを体験してみたい人
5 直感や閃きでやりたいと思っていた人

オンライン(ZOOM)で行います
人数は、毎回定員5人前後です

価格は¥18000(マンダラエンディングノート代込み)

参加された方々からは、

  • 自分自身の人生でハッキリさせておきたいこと、優先順位が分かって本当に良かった
  • 親を亡くして以来ずっと心に引っかかっていたものがあったけど、それが無くなった
  • 人生で悔いなく生きる方法が分かり、今後は自分で迷わず進んでいける気がします

とおっしゃっていただいている講座です

たった1日の講座で、これから人生を悔いなく生きていく地図を手にいれられる。今すぐカレンダーや手帳を見て、あなたがタイミングのあう日程を押さえてください

リクエスト開催していますので、お気軽にメッセージどうぞ

1回目

9:45集合
10:00オリエンテーション・自己紹介
テーマ1、人生の未来図
テーマ2、私の人生
13:00アフターワーク 終了

2回目

12:45集合
13:00テーマ3、病気・介護状態になったら
テーマ4、大切な人へのメッセージ
テーマ5、葬儀
テーマ6、お墓(納骨)
テーマ7、財産
テーマ8、相続・遺言
テーマ9、供養
テーマ10、人生の地図~私が大切にしていること~
16:00アフターワーク 終了

申し遅れました、改めまして。
私は一般社団法人マンダラエンディングノート普及協会認定講師の高橋ありさと申します

地元高校卒業後、警視庁婦人警察官として始めはミニパト、その後、麻薬や銃刀法、風俗営業法に関する取り締まりに携わる刑事として勤務していました

20 代半ばで結婚出産退職、料理も好きなので弁当屋のパートをしながら子育てを通して子ども達からたくさんの事を学ぶ日々、とても楽しい時間を過ごしました

が、30代半ば叔父が末期癌で余命半年と宣告を受けたのち、たった2ヶ月半で他界したのです

それをきっかけに、葬祭業へと目が向き『こんな尊い仕事があったんだ』と感じたことから、葬儀社へ入社

葬祭業の知り合いがいるわけでもなく、身内の葬儀ですら、きっかけとなった叔父の葬儀が人生初の葬儀参列。

いざ勤めだしても、仕事で使う専門用語の意味すら分からず、毎日メモ用紙を真っ黒にしながら日々業務に明け暮れていました

最初の2年は飛ぶように過ぎ、仕事と家の往復で合間に子育てをしていたようであまり記憶がありません

私が葬儀社に勤めだした頃は、夫を始め友人や知人誰もが「なんで葬祭業に!?」と口を揃えて言いました

当時元気だった祖父祖母、そして両親だけが「尊い仕事だから頑張りなさい」と応援してくれていました

そんな中、あの311が起きました

当時、東日本大震災が起きるまでは、誰もが「死」は世界の違う遠いことだと思っていたと思います

でも、あの日を境に周囲の人たちの意識ががらっと変わり、「死」は誰もがいずれ迎える、しかもそれがある日突然かもしれない、という思いになりました

ご納棺や葬儀の打ち合わせで喪家さまへ伺うたびに、誰もが口々にそういった事を話しかけてこられるようになりました

ちょうど、そのあとです
モックンの映画「おくりびと」が映画アカデミー賞を受賞し、たまたまそのタイミングで新聞社から取材を受けた事などもありました

当時を振り返ると、ただひたすらに誠心誠意、仕事に邁進し、少ない休みの日には、自分自身に足りてない知識を補いたくて、葬儀、納棺に限らずグリーフケアや仏法などの勉強会へ出かけては学びの時間を過ごすようになりました

でも、毎日人生という、その方だけのこの世の旅を終えて残されたご家族の方々と接してお手伝いをしているうちに

「私自身は? しっかり悔いなく人生を生きているの?」

そう問いかけられているような気がして
その眼には見えない、耳には聞こえない
けれども確かに心のうちに響いてくる問いかけが段々と大きくなっていったのでした

それが葬儀社に勤めだして5年目辺りのころでした

そんな中、葬儀の交流会で知り合った小野寺さん(現一般社団法人マンダラエンディングノート普及協会運営)から、
「絶対に書き上げられるエンディングノートを作ったから体験してみて欲しい」と声をかけられたのでした

仕事柄、それまでにもエンディングノートは書いていましたし、たくさん持っていました

そのどれもが一冊全てを通して書き上げられていなかったのです

だから、最初話を伺ったとき、単純に
(一冊全部書き上げられる??)
という思いだったんです

そして、5年前の2015年東京2期という本当に初期の回で1日通しでマンダラエンディングノートを書き上げる回に参加しました

ノートの1ページ目には
『人生の地図を描く』と書いてありました

そしてその日、帰るころにはお世辞抜きに
「このノートはすごいな」という思いでいっぱいでした

よく考えてみてください、
葬儀社勤務という仕事柄他の人よりも終活の重要性もある程度分かっていて、それでもこれまで多々あるエンディングノートを1冊丸々書き上げられなかったんです

それが、1日講座が終わるころには書き上げられて、しかも今後私自身がどういう風に生きていきたいか、なにを大切にして行きたいか、それが文字に残ってハッキリ見える

胸の中のモヤモヤ漠然と考えていたことが、全て見える化されていたんです
それも他の誰でもない、私自身の言葉で!

その後、私自身の心の声に従うまま、葬儀社を退職し、シングルマザーになり、大好きなアートや香りの仕事に携わりなが自分らしく生きていました

それもこれも、生きる上で土台となる大切なことを、葬祭業を通じて、そしてご縁のあったたくさんの方々から学ばせてもらったからだと感謝しています

そんな風に過ごしていた2018年、たまたま体調不良で受診した病院で精密検査の結果、脳腫瘍髄膜種がいくつもあると分かりました

まさか私が脳腫瘍髄膜種?
そんな病気聞いたこともない、、

ネットでいろいろなことを調べるうちに、すっかり落ち込んでしまい、部屋で独り、声をあげて泣きました

葬儀社勤務の時には、グリーフケア(喪失、悲嘆)の勉強会などで知識はあるのに、いざ、私自身の身に起きてみると「誰かに寄りそってもらう」なんていう言葉とは程遠いほど、内面にいろんな喪失感や、分かってもらえない諦めなど、、、
こんなにも様々な感情が湧き上がるのかと、自分が自分でなくなるくらい、本当にどん底だった

のですが、、、

そんな涙が出尽くした1週間後
あんなに食欲もなかったのに
ふいにお腹がすいて、薬局で買ってきたレトルトのお粥を食べながら( あぁ、人間ってこういう時でもお腹すくんだな )ってしみじみ感じたんですよ

以前、葬儀社で霊柩車を運転していたとき
遺族の方が『こんなに悲しいのに、火葬が終わったらお腹がすいた。。こんな時でもお腹がすくんですね』と言われたのを思い出しました

そして、ふと、こんなに泣いてるけど、人生100年時代のほぼ折り返し地点、なにかこれまでやり残したこと、あったかな?

って私自身に聞いてみたら、、、、、

なんにも、なんにもなかったんです

職業柄、エンディングノートを誕生日に書いてやり残してることはないか、大切にしたいことを最優先にしているか、などなど

マンダラエンディングノートを知ったあの年から、定期的に自分自身に問いかけていたせいか、やりたいことはできている、悔いなく生きれている、ってしみじみ感じられたんです

生きてるなぁ~~~~
幸せだなぁ~~~

外の景色の美しさに涙が出てきて
空が青い、っていうだけで嬉しくて
木々の葉が風に揺れているのがキラキラしてて

生きてる、ってこんなにも身近なところで
たくさんの命が歌いあってるんだ、って感じられて
めっちゃくちゃたくさんの幸せと喜びが

ブワ~~っと押し寄せてきたんです

新しい始まりでした

エンディングノートと聞くと
どうしても重くなりがちですが、私はもっと気軽にふわっとあなた自身が大切にしたい気持ちを知り、ご自身を定期的に見つめるツールとして活用して欲しいと思っています

今、お話してきたように私自身がそうだったからです

このノートを書いてよかった、
あなたもきっと将来、そう感じると思います